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最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)1978号 判決

千葉県松戸市稔台七七四番地一号

上告人

坂本光男

右訴訟代理人弁護士

小室金之助

當山泰雄

右輔佐人弁理士

辻三郎

植田仁

東京都江東区亀戸六丁目二〇番七号

被上告人

三洋工業株式会社

右代表者代表取締役

山岸文男

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(ネ)第三七三〇号意匠権侵害差止請求事件について、同裁判所が平成六年七月七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小室金之助、同當山泰雄、上告輔佐人辻三郎、同植田仁の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、被上告人意匠(一)ないし(四)はいずれも本件登録意匠に類似しないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男)

(平成六年(オ)第一九七八号 上告人 坂本光男)

上告代理人小室金之助、同當山泰雄、上告輔佐人辻三郎、同植田仁の上告理由

一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるので、取り消されるべきである。

1.上告人(高裁の控訴人)は「意匠の要部というからには、そこに創作があるべきである。本件登録意匠の下方に幅の広い下部開放面が形成されているのは、ルーフベンチレーターにおいて慣用の技術手段にすぎず、そこに創作があるわけでないから、要部とはなり得ない。」旨の主張をした(原判決三丁表(4))。

しかるに、この主張を、原判決は、次のような論拠によって否定した。

「さらに、控訴人は、本件登録意匠の下方に幅の広い下部開放面が形成されているのは、ルーフベンチレーターにおいて慣用の技術手段にすぎず、そこに創作があるわけでないから、要部となり得ない旨主張する。

しかしながら、意匠の類否は、物品の流通過程において、取引者(及び又は)需要者が物品を混同するおそれがあるか否かによって判断すべきものであり、意匠の構成のある部分が周知慣用の技術的手段によって、形成されているとしても、当該意匠を全体的に観察した場合、それが他の部分とあいまって意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を引くものであるときは、その部分もまた要部となり得るというべきであって、創作性がない部分は当然に意匠の要部たり得ないというべきものではない。前記認定事実(原判決四九頁六行ないし五一頁一行)によれば、意匠の下方に幅の広い下部開放面が形成されるか否かは、ルーフベンチレーターにおいて最も重要な換気・排煙・雨水の侵入防止という機能に影響するものであるから、この構成部分が看者の最も注意を引く部分の一つであるというべきであり、控訴人の前記主張には理由がない。」(原判決六丁表最終行から七丁表三行目まで)

原判決は、要するに、意匠の構成のある部分が周知慣用の技術的手段によって形成され、創作性がないものでも、〈1〉当該意匠を全体的に観察した場合、それが他の部分とあいまって意匠全体の支配的部分を占めていること、〈2〉意匠的まとまりを形成していること、〈3〉看者の注意を引くものであること、という三つの要件を満たせば当該意匠の要部とすると述べた上で、本件登録意匠において周知慣用の技術的手段によって形成された下部開放面を要部たり得ると認定したのである。

2.しかしながら、上告人は、原判決には次の三つの点で法令違反があり、判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張するものである。

(1)意匠の周知慣用の技術的手段によって形成された部分を例外的に要部と認定する場合には、所定の要件をすべて満たす必要があるというのが判例である。しかるに、原判決では、その要件のうちの前記〈3〉の要件、すなわち「看者の注意を引くものであること」という要件についての判断を示したのみで下部開放面を要部と認定した。これは、判例違反であり、意匠権を登録意匠の類似範囲にまで及ぶことを認める意匠法第二三条の規定に反するものである。

(2)前記〈1〉の要件、すなわち「意匠全体の支配的部分を占めていること」という要件を原判決が判断していると仮定しても、右要件をこれまでの判例に反して不当に解釈適用しており、意匠権の範囲を不当に狭める結果を招いた。これは、判例違反であり、意匠法第二三条の規定に反するものである。

(3)前記三つの要件は本来権利範囲を広めるための要件であるにも拘らず、原判決では逆に狭める要件として不当に適用した。これは、判例違反であり、意匠法第二三条の規定に反するものである。

3.判例上、意匠の構成のある部分が周知慣用の技術的手段によって形成されているときには、原則として、要部たり得ないと扱っている。

言い替えると、二つの意匠の間に周知慣用の技術的手段の有無の相違がある場合、その相違点が要部とならない結果、相互に類似と判断されるということである。

(1)このような原則が確立した理由は次のように言うことができる。

仮に周知慣用の技術的手段によって形成されている部分を要部と認めると、ある登録意匠に周知慣用の技術的手段を付加、削除したにすぎない創作性のほとんどない意匠にも拘らず前記登録意匠に非類似として他人によって権利化されることになる。

また、ある意匠を最初に創作した者は、その意匠に周知慣用の技術的手段を付加、削除したにすぎないものも多数出願して登録しなければ、十分な保護が受けられなくなる。

また、同一人が周知慣用の技術的手段を付加、削除したにすぎない意匠を時期をずらして複数件独立して権利化することによって、実質的に意匠権の存続期間の延長となる。

ある登録意匠に周知慣用の技術的手段を付加、削除したような創作性のほとんどない意匠でも、第三者は登録意匠の権利範囲外として自由に実施できることになる。

即ち、もし周知慣用の技術的手段によって形成されている部分を要部と認めると、意匠の創作を奨励するという意匠法の目的に反する事態を招くのである。

なお、同様の原則を特許庁の審査登録例を挙げて論じた文献として、元特許庁意匠課長の川添不美雄著の論文「登録意匠の範囲に属しているもの」を載せた工業所有権法研究一九九二-4-No.一〇九がある(添付資料一を参照)。

(2)平成元年六月二七日付の東京高裁による昭和六四年(行ケ)第二号事件の判決(添付資料二を参照)では、「観光バスの側部に帯状模様として黒色等の無彩色を使用して加飾することは周知であるから、そのような周知の色彩の中から適宜選択した模様部分は、特徴あるものとはいえないとする」という主旨が示されている。

この昭和六四年(行ケ)第二号事件の判決では、「周知の色彩」という文言が使用されており、本件原判決で使用されている「周知慣用の技術的手段」という文言は使用されていないが、「周知の色彩」と「周知慣用の技術的手段」とは同等の意義を持つものということができる。

また、平成三年一一月二一日付の東京高裁による平成二年(行ケ)第二二四号事件の判決(添付資料三を参照)では、「端子盤の段数の相違は、通常行なわれる範囲での変更で常套手段であり、創作性が認められず、互いに類似する」という主旨が示されている。

この平成二年(行ケ)第二二四号事件の判決では、「常套手段」という文言が使用されており、本件原判決で使用されている「周知慣用の技術的手段」という文言は使用されていないが、「常套手段」と「周知慣用の技術的手段」とは同等の意義を持つものということができる。

これら二つの判決は、共に、前記原則に基づいてなされたものである。

(3)しかしながら、意匠の構成のある部分が周知慣用の技術的手段によって形成されているとき、つまり周知の形態であって創作性がないときであっても、例外的に所定の要件を満たせば要部となり得る。

周知形態に拘らず要部と判断する基準は、「当該意匠を全体的に観察した場合、それが他の部分とあいまって意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を引くものであるかどうか」ということである。

この判断基準を適用した判例として、例えば、昭和六〇年一〇月一五日付の東京高裁による昭和五九年(行ケ)第一三四号判決(添付資料四を参照)がある。即ち、添付資料四の下線で示す個所には、「意匠の構成のうちある部分が周知であるとしても、当該意匠を全体的に観察した場合に、それが意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を最も引くときには、なお右周知の部分も意匠上の要部と認められる」と判示されている。これは、前述した本件原判決の基準と同一のものである。

この昭和五九年(行ケ)第一三四号判決では、「周知」という文言が使用されており、本件原判決で使用されている「周知慣用の技術的手段」という文言は使用されていないが、「周知」と「周知慣用の技術的手段」とは同等の意義を持つものということができる。

そして、さらに、この判決は、「前記意匠に共通する「基本的形態」が両意匠において、その構成の大部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を最も引くことは前掲甲第2、3号証から明らかである」と述べている(下線個所を参照)。ここには、基準のうち、「意匠全体の支配的部分を占める」とは、「構成の大部分を占める」ということであると明記されているのである。この添付資料四の判決を例にとると、意匠全体の支配的部分を占める部分、つまり構成の大部分を占める部分は、物品の「基本的形態」であった。

また、昭和六三年七月二七日付の東京高裁による昭和六二年(行ケ)第四五号判決(添付資料五を参照)にも「意匠の構成のうちのある部分が公知であるとしても、前記審決認定の形態のように当該意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、見る人の注意を最も引くときは、なお右公知の部分も意匠上の要部と認められる」と、同様の基準が示されている(下線個所を参照)。

この昭和六二年(行ケ)第四五号判決では、「公知」という文言が使用されており、本件原判決で使用されている「周知慣用の技術的手段」という文言は使用されていないが、「公知」と「周知慣用の技術的手段」とは同等の意義を持つものということができる。

4.前述の諸判例を前提として、2で指摘した三点の法令違反につき順次説明する。

(1)について

原判決をみると、「意匠の構成のある部分が周知慣用の技術的手段によって形成されているとしても、当該意匠を全体的に観察した場合、それが他の部分とあいまって意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を引くものであるときは、その部分もまた要部となり得る」と述べている。この原判決の判断基準は、判例を踏襲したものである。

しかしながら、次に、本件の下部開放面(周知慣用の技術的手段によって形成され部分に相当する)がこの基準を満たしているか否かについて、原判決は、「意匠の下方に幅の広い下部開放面が形成されるか否かは、ルーフベンチレーターにおいて最も重要な換気・排煙・雨水の侵入防止という機能に影響するものであるから、この構成部分が看者の最も注意を引く部分の一つであるというべきであり、」と判示しているにとどまる。

これから明白なように、原判決は、本件登録意匠の下部開放面が「看者の最も注意を引く部分の一つ」と認定しているにすぎず、意匠全体の支配的部分を占めているか否か、意匠的まとまりを形成するかどうかとの他の二つの要件を満たすかについて判断を全くしていないのである。

言い替えるならば、原判決は、〈1〉意匠全体の支配的部分を占め、〈2〉意匠的まとまりを形成し、〈3〉看者の注意を引くものであると、自ら判断基準をあげておきながら、本件事案についてはそのうち一つの「看者の注意を引く」という要件しか判断していないのである。特に、「意匠全体の支配的部分を占める(構成の大部分を占める)」(昭和五九年(行ケ)第一三四号判決、添付資料四)かどうかは単に意匠全体に物理的に占める割合を問題にすればよいという非常に明白な基準であるにかかわらず、その判断を怠っているのである。

前述したように、意匠の創作を奨励するという法目的から、周知慣用の技術的手段によって形成されている部分を原則として要部たり得ないと審査、判例共に扱っている。その原則に対する例外を特別に認める要件を適用するときには、厳格に扱うべきことは言うまでもない。

このように、原判決は、厳格に扱うべき例外的基準を完全に満たすかどうかの判断を怠って、周知慣用の技術的手段によって形成された部分を要部と認定し、その結果、登録意匠の類似範囲を誤って認定し、非類似という誤った結論を導いたものである。原判決は、明らかに前述した昭和五九年(行ケ)第一三四号判決(添付資料四)、昭和六二年(行ケ)第四五号判決(添付資料五)の例外的基準を示した判列に違反しており、ひいては「意匠権者は、業として登録意匠及びこれに類似する意匠の実施をする権利を専有する」との意匠法第二三条の規定に違反する法令違反の判決である。したがって、原判決は、破棄されるべきものである。

尚、「意匠全体の支配的部分を占める(構成の大部分を占める)」要件を本件登録意匠の下部開放面が満たしているか否かを見た場合、本件登録意匠の下部開放面は、物品ルーフベンチレーターの全体構成の三分の一以下を占めるにすぎず、とうてい意匠全体の支配的部分を占めるものでないことは一見して明らかである。

(2)について

一方、原判決の「意匠の下方に幅の広い下部開放面が形成されるか否かは、ルーフベンチレーターにおいて最も重要な換気・排煙・雨水の侵入防止という機能に影響するものであるから、この構成部分が看者の最も注意を引く部分の一つであるというべきであり、」という中で、「ルーフベンチレーターにおいて最も重要な換気・排煙・雨水の侵入防止という機能に影響する」という個所をとらえ、そこで「意匠全体の支配的部分を占める」との要件の判断がなされているとの見解もあるかもしれない。この見解によると、機能上重要な部分は、「意匠全体の支配的部分を占める」ということになる。

しかしながら、前述したように、「意匠全体の支配的部分を占める」とは「構成の大部分を占める」ということであり、機能上重要か否かとは関係ない概念である。

前の見解によると、機能上重要と目されるものならば、構成上部分的にすぎないことが明白なものでも、「意匠全体の支配的部分を占める」要件を満たしてしまうことになる。およそ、ルーフベンチレーターその他いわゆるインダストリアルデザインといわれる意匠は、そのほとんどの形状は何らかの機能上の必要から形成されたものである。つまり、構成上部分的にすぎないものでも、そのほとんどは、意匠全体の支配的部分を占めるということになってしまう結果になる。「意匠全体の支配的部分を占める」要件は、例外である以上厳格に適用すべきであるのに、それがほとんど無きに等しいものとなってしまうのである。

このように、原判決が機能上重要と判断しているから「意匠全体の支配的部分を占める」との要件の判断がなされていると解釈することは、厳格に扱うべき例外的基準の一つを結果的に無視するに等しいことであり、判列違反、法令違反(意匠法第二三条違反)の判決であることには変わりはない。

(3)について

前記基準を適用した判例は、従来意匠を引用して出願意匠を拒絶する事件に関する。即ち、ある出願意匠と引用意匠とが全体的な周知の形態を共有しているときに、出願意匠に部分的に新規な相違点があっても両意匠を全体として類似と導く論理として前記基準が用いられている(昭和五九年(行ケ)第一三四号判決(添付資料四)、昭和六二年(行ケ)第四五号判決(添付資料五)を参照)。

つまり、判例では、前記基準を意匠(引用意匠)の類似範囲を広く解釈するために用いているのである。そこでは、構成上大部分を占める周知部分を要部として認めて、類似範囲を広めている。

これに対して、原判決では、前記基準を本件登録意匠の類似範囲を狭める論理として用いている。即ち、本件登録意匠の構成上わずかしか占めない周知部分を要部と認めることによって、逆に類似範囲を狭めている。

要するに、原判決で示された「意匠全体の支配的部分を占め、意匠的まとまりを形成し、看者の注意を引くものである」との基準は、類似範囲を狭める論理として用いられており、本来、類似範囲を広く解釈する論理として用いられてきた基準を正反対に誤用したものという他ない。

この点で、判列違反、法令違反(意匠法第二三条違反)に該当すると思料する。

二、以上述べたように、原判決が、周知慣用の技術的手段によって形成された部分を例外的に要部とする要件のすべてを判断することなしに要部と認定したこと、その要件を不当に解釈適用することにより意匠権の範囲を不当に狭めたこと、あるいは本来権利範囲を広めるための要件を逆に狭める要件として不当に適用したことは、意匠権を登録意匠の類似範囲にまで及ぶことを認める意匠法第二三条の規定に違反しており、このような法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

よって、原判決を破棄する旨の判決を求める次第である。

以上

(添付資料省略)

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